2025年春現在、保存修理工事の為に休館中の鴻池新田会所です。
鴻池新田会所の裏は通りになっていて鴻池新田駅に行き交う人が大勢通行します。
この通りに鴻池新田会所の石碑があります。
下記は石碑に書かれている内容です。
文化財保護法により
昭和五十一年十二月二十五日史跡指定
昭和五十五年一月二十六日重要文化財指定
江戸時代の初めまで、大和川は河内平野を数河川に分かれて流れて京橋で合流していたため、大雨のたびに洪水をひきおこし、人々の生活を苦しめてきた。
河内郡今米村の庄屋九兵衛、勘兵衛父子を中心に進められてきた大和川付替運動は、幕府を動かし、ようやく宝永元年(一七〇四年)に柏原から堺の海へ通じる新しい大和川が完成した。これにより不要となった旧川床や池床は次々と開発され新しい土地が誕生した。
この中で最大の面積を占めたのが新開池跡にできあがった鴻池新田である。
鴻池新田はその名のとおり、大阪今橋の両替商で江戸時代中期には全国長者番付の筆頭として確固たる地位を占めていた豪商鴻池家三代目善右衛門宗利によって開発されたもので、かつての規模は町人請負新田として最大級のものである。この広大な新田を管理監督するために宝永四年(一七〇七年)に建設されたのがこの会所である。会所は周囲に濠をめぐらし、南北両門にはさまれた敷地中央東よりは本屋を設け、北に屋敷蔵、西には文書蔵、米蔵、道具蔵の各土蔵が配置され、さらに西方の一画は役宅となっていたが現在はない。
建物の内、蔵は江戸時代末期に建て替えられたものが多いが本屋は大修理されているとはいえ、新田開発当初の原形をほぼのこす貴重な文化財である。
東大阪市教育委員会
これを読んでいたら修理工事後の開館が非常に楽しみです。
工事期間は令和7年8月29日までとなっていますが、事業期間は令和7年11月30日までとなっていますので、年末頃の開館になるのかまたは来年頃でしょうか。
下記は東大阪市文化財マップ(東大阪市教育委員会と東大阪市文化財マップ作成委員会により作成されたもの)に記された鴻池新田会所の解説です。
宝永元年(1704)の大和川付替工事後、干上がった新開池の新田開発が行われました。新開池の開発者は多少移動がありますが、大坂の豪商・鴻池善右衛門が120ha(亨保4年の再建地では158ha)を開きました。
新田は開発者の名をとって鴻池新田と名付けられ、その新田の年貢徴集と土地の管理を行う所が会所です。最初の建物は宝永2年に建てられています。会所は、昭和51年に国の史跡、同55年に本屋など5棟(本屋 乾蔵 道具蔵 米蔵 文書蔵)の建物が重要文化財の指定を受けました。
休館中の間に鴻池新田会所について調べ開館後に行ってみると、今までと違った目線で会所内を楽しむことができそうですね。
※2025年3月時点の情報です。
〒578-0974 東大阪市鴻池元町2-30
この記事を書いた人:マチキシャ green
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