今から146年前に建立された加納の道しるべについて調べてみました。
東大阪市教育委員会発行の2冊には下記のように書かれていました。
−わが街再発見−
東大阪市の歴史と文化財
明治12年(1879)に建てられたこの道標には、「先達大宇」と刻まれており、大峯山参りのための講中(この山へ参らぬと一人前の男になれないといわれていました)の引率者大宇たちによって建てられました。
八尾から住道・枚方・八幡への河内街道、東へ行けば、東高野街道と合流し大峯山へ、辻󠄀子谷を山へ登れば、生駒山の宝山寺の参り道であったことが、江戸時代の「道中記」にも書かれています。
東大阪市教育委員会発行
−わが街再発見−
東大阪市の石造物2(中地域)
河内街道を北にとり、北宮小学校を越えて吉原と加納の分岐点に道しるべがあります。
道しるべの高さ1.9m、幅38cmで明治12年(1879)に建てられました。台石に「先達 大宇」とあり、世話人として8人の名前が刻まれています。南面には「大峯三十三度 右 生駒山道」とあり、大峯山参拝のために世話人が建立したことがわかります。また、東面には「左り西京 八わた すみの堂 道」と刻まれており、大峯山や生駒の宝山寺、八幡山に参る人のための道しるべであったことがわかります。
JR学研都市線の住道(すみのどう)駅を加納在住の方は利用されますが、「すみの堂」と彫られているのが気になりました。
大峯山の参拝は加納の男子の成年通過儀礼だったのでしょうか? 146年も前から、この道しるべの横をみんな通っていたんだなと思うとロマンがありますね。
※2025年5月時点の情報です。
住所:東大阪市加納2-3-1付近
この記事を書いた人:マチキシャ green
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